2008年06月06日

六甲の巨石文明 5

阪急電車に乗り、岡本へ。
この辺りはかなりオシャレな所なのだが、山側へ回るとやはり巨石文明
の入口となる。
今回目指すのは「保久良神社」だ。

ただまたしても道に迷う。
山の中だから、目印もなく坂になっているからなかなか悲惨だ。
唯一いい事を上げれば、山の上からの神戸は絶景だな、と思う事。
疲れでそれどころではないのが本音だが。
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ようやく着いた「保久良神社」だが、予定を一時間も越えてしまったためゆっくりはできず。この辺りを探索するなら、楢崎皐月げカタカムナ文献を授かったとされる金鳥山まで行く覚悟で余裕を持って来ないとダメだ。
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昔来たのはこの保久良神社の方だ。
あの時も迷ってしまい暗くなり始めた頃に着いた。
今回は看板だけだったが、あの時は本物のイノシシが現われて怖い
思いをした。暗闇であんな動物に出会うと、人間というのはなんと
非力かと思ったものだ。
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帰りはまっすぐ参道を下る。
曲がりくねって駅までまあまあの距離はあるが、来る時の山道より
ははるかにマシだ。
少し中途半端に終わってしまったが、壮大な甑岩を体感できただけ
でも良しとしよう。
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2008年06月04日

六甲の巨石文明 4

甑岩を見終わり、越木岩神社の境内をゆっくり散策しながら帰途につく。
お守りはやはり安産や子授かりのものが多い。
私は直接関係はないのだが、世の中すべての家族、子どもたちに幸あれ
と手にする。
やはり神社というのは心が妙に和む空間だ。

越木岩神社には土俵がある。
ひっそりとした境内に上半身を裸にした子どもがいるな、と思って
いたらその稽古だったようだ。
ニュースでも取り上げられる”泣き相撲大会”はここだったようだ。
今はブログがあるので、検索すると参加した可愛らしい子どもたち
の姿がたくさん見れる。

鳥居をくぐろうとすると、越木岩神社の震災復興についての事柄が
書かれた石碑があった。
以前私がここに来たのは震災のすぐ後ぐらい。
生々しい傷痕が到るところにあったが、ここも例外ではなかったようだ。
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畑の中にも、石の痕跡がポツリ。
このあたりは高級住宅地で大きな家が多く、神社など以外にも巨石
がそうした家の敷地内にあると聞くが、それにより守られているとも
いえるし一般では目に触れにくいという難点もある。
先ほどの震災もそうだが、古代文明の手がかりは時間を経るごとに
探しにくくはなっている。
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posted by ryuga at 19:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 怪奇紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月30日

六甲の巨石文明 3

いよいよご神体の「甑岩」へ。
もちろん私には巨石文明の痕跡、というまた別の意味もある。

この名前の由来は酒や麻を蒸す時に使った甑という道具に形が
似ていることによりつけられている。
これは古代史からの視点で見ればはるか後世につけられたもの
となるが。
また大阪城を築城しようとする際にこの石を献上しようとする
石切職人達が村人の反対を無視してノミを入れると、白い煙が
岩の裂け目から吹き出し石切職人達は死に絶えたのだという。
これももちろん構成の民間伝承だが、カタカムナの装置と考え
何らかの科学的な機能が働いたのではないかという説もある。

甑岩に触れても構わない、ということだったのでそうさせて
もらうと、不思議な感覚が起こった。
最初に触れた時の衝撃といったら・・・今回はこの感動を
できるだけ伝えられるよう、少し多めに写真を掲載して
おこう。
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posted by ryuga at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 怪奇紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月27日

六甲の巨石文明 2

例のごとく道に迷いつつ歩いて行く。
ただ今回は夙川学院という大学を目印にしたため、割とスムーズに行けた。

越木岩神社の外観はまったく変哲のない神社。
人影もまばらで、全国いたるところにある神社のひとつ、といった感じだ。
安産や子授けの神様として祀られているこの神戸の外れにある神社に、
巨石文明の痕跡を見に来る人間はそう多くはなかろう。
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お伊勢さんの遷宮案内などのポスターや、遠くお伊勢さんをお参りする社も設けられている。
この項の本命であるご神体の甑岩を使って、大和朝廷がこの地域を統一していく様を思い描くとなかなか興味深い。
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拝殿にお参りをし、ここからいよいよ奥にあるご神体である甑岩へと進むことになる。
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途中でおかげ踊り図絵馬の紹介がされてあった。
お伊勢さんに行って以来、巨石文明という超古代とは別次元で民衆の
こうしたにぎやかに踊り狂う様に関心が行っているのでこれにも興味
が魅かれる。
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同時期に京都の”ちょうちょう踊り”といったものに関する記事を読んだ影響もあるが、閉塞的な現代はこうした民衆の狂ったような馬鹿騒ぎが起こる時期にきているような気がして、よく言われることだが時代の変革期に当たるような気がしてならない。
posted by ryuga at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 怪奇紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月23日

六甲の巨石文明 1

阪急電車、甲陽線に乗りまずは越木岩神社へと向かう。
電車に乗る時
「一日乗車券のようなものはありますか?」
と問うと駅員さんに
「阪急、阪神のものがあります」
と言われたがよく考えると経営統合されたのだった。
その頃には気になるニュースであっても、時の流れは容赦なくそんな事
を忘れさせる。

実は六甲探訪は初めてではない。
関西に住んでいたので近いから、というのもあり大昔だが行った事が
ある。
越木岩神社はどうだったか。
来たような気もするし来なかったような気もする。
甲陽線に乗った覚えはないから、やはり来なかったのだろうか。

のんびり歩いていると奇妙な形の山が目に映る。
ああ、あれが甲山かと写真に収める。
日本のピラミミッドと言われるひとつだ。
rokkou1-1.JPG
ちなみに、現代では甲山事件というのも有名だ。
これは生々しくなるのであまり記さないが、犯罪史などに興味が
ある方は調べてみるのもいいだろう。

自然の中に岩が多くなってくる。
巨石文明に近づいたと、胸が高鳴る。
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posted by ryuga at 19:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 怪奇紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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