2012年05月04日

都市伝説の似合わぬ地

先日飲んでいる時に調子にのって
「大学の頃の研究テーマは怪奇で・・・」
などとのたまっていたら、
「そういう話だと、プランタンなんばの幽霊がうんぬん」
という話になった。

相手は心霊というよりも大学のまっとうな授業で
(千日デパート火災)に関する内容の講義を受け、
その生々しさに気分が悪くなったそうだが、
わたしはまたぞろそんな話を聞いて本来の興味が沸いてくる。
ここ数年は現実的な恐ろしさ(つまりは陰謀論)の方に
頭がいっていたから心霊だの怪奇スポットについては
いささか離れていたが、やはり”そちら側(も)”わたしの
興味分野だと思い知った次第だ。

大阪はもちろんゆかりのある京都も探してみたが、六道の辻
だの鞍馬山だのどうも抹香くさい。つまりは現代的な都市伝説
のにおいがしないという事だ。プランタンなんばの場合は
あのミナミの繁華街の一角という事で怪異を育むに十分な
場所に思えるが、では京都の場合は河原町で・・・となるかと
いうと、四方八方を神社仏閣に囲まれたあの場所に都市伝説
というのはどうも不似合いな気がする。
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2011年08月29日

ヤプー、あるいはMの島

菅辞めろ、菅ダメだとやっていた皆さま、願いが叶って良かったですね。

その後の事は誰も語っていませんでしたが、辞めさせる事で
瞬間の満足が得られるものなのでしょう。

親小沢か反小沢か?

いつものメディアの光景に思いましたが、あまり疑問を持つ人は
いらっしゃらなかったのでしょう。

野田佳彦氏が本当に増税論者かどうかは知りませんが、
「震災の後だから仕方がない」という合言葉を持つ善良な日本国民の皆さまは、
やはり流れに身を任せるのでしょうね。

反韓流だ、紳助だとやってますが、そんなに自分たちに関係
ある事でしょうか? 自分たちが返り血を浴びる敵なのでしょうか?

日本というのは、やはり精神の根っこが違うのです。
欧米やグローバリズムに組み込まれたら、”Mの人種”っぷり、内輪だけ
元気なのがさらけ出されてしまいます。
ただそんな日本人の事を、「どんな生き方でもできるから大丈夫」とある人が
言っていました。ああそれは、家畜人としても生きられるという意味なのだなあ。
そう思う、今日この頃です。

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2011年08月17日

沈んだ国

具体的にはどういった表現だったか忘れたが、高橋五郎氏が
「日本人は、節操のない国民だから、どんな生き方でもできる」
と講演で何度も口にしていた。

震災後、原発問題で大騒ぎをしている時期だからその言葉に
安心もしたが、前後の内容から言えば決して日本人を誉めるもの
でも勇気づけるものでも無かったのは明らか。
恐らく高橋氏がいうような日本人の態度に加え、メディアによって
右に左に流される様子、さも自分たちが世界の常識とばかりに
したり顔で中国や韓国(もっと言えば北朝鮮も)を叩く姿に
わたしは(こんな国など、滅びてしまえ)と思う事もしばしば
あったものだが、そこに今回のような東日本の凶事が襲ってきた。

ところが日本という国は、こんな犠牲を目の当たりにしても
まるで変わらなかった。
おそらく高橋氏の意見も、これに近いものだろう(実際、件の発言をした
講演の最後にはもっとストレートに日本を批判していた)。
”がんばろう!!日本”
”ひとつになろう日本”
”節電の夏”
などのキャッチコピーをつくり、メディアはその流れ通りに展開し、
多くの国民は疑いも無く流されている様は、ひとつの例だ。
お盆の時期、すなわち終戦記念日の頃には「震災復興=戦後日本の復興」
などを合わせて語り始め、思考の短絡さに改めて唖然としている。

断っておくが被災者や避難民、ボランティアや復旧復興に従事している方々
を揶揄する意図は、まったく無い。
田原総一郎氏などは「日本という国は好きだが、日本という国家が好きかどうか」
などの議論をよくふっかけているが、そうした二元論とも少し違う。
日本の人達は嫌いではないが、高橋氏のいう”節操のない国民”という点では、
嫌悪する気持ちが大きいという事だ。

政治屋、企業屋、巨大マスコミに被災地以外の一般市民の方々。
目先の利益とゴシップネタに嬉々としているが、震災復興は進んでいるのか?
エネルギー問題など壮大な未来の事を話題にしているが、福島原発の処理は
もう済んだのか?
節操のない国民とは、馬鹿な日本人ということと同義で、日本という国は
確かにとっくの昔に、この世から消えてしまっていた。

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2011年08月16日

死者の断末魔

大阪天王寺で、一斗缶に詰め込まれたバラバラ死体が見つかった、
というニュースが流れている。
通常、死体をバラバラにして遺棄するという行為は
「被害者の身元を特定されないように」
「犯行を隠す=犯人が捕まらないようにする」
ものであるはずだが、どういう訳か時々こうしたこれ見よがしの
事件が起こる。
(そして何故だか犯人は捕まらなかったり、逮捕後も不透明な
流れとなる)

その意味では2002年(に発覚した)「北九州・連続監禁殺人事件」
は、明らかに殺人行為を隠蔽しようとした事件だ。
まず金づるとしていた知人男性を殺害。
次いで児童を含む6人の家族を次々と殺していく。
いずれも軟禁と虐待を繰り返した末だが、この事件の驚くべき
所は、実行犯が主犯(とされている)の男ではなく、家族同士
による殺人という事だ。
そして死体をバラバラにするという行為も、家族が行っている。
何日も時間をかけ細かく切り刻み、煮たりミキサーにかけ粉々
になった死体を、便所や海に流したそうだ。
脱走した少女(最初に殺された知人男性の娘)と実行犯の
内縁の妻(殺された家族の中で唯一生き残った)の証言
以外は、何一つ証拠は残っていない、まさに完全犯罪と
言える。

本当に殺人を隠蔽しようとする人間は、こうして(物を扱うように)
人間を処理し、時間をかけて綿密に粉々にしていくのだろう。
(その意味では今回の天王寺の事件は、今後の展開に大きく疑問符
が浮かぶ)

さてこの事件の詳細を把握したのは、
『消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 』(新潮文庫)
という文庫本を読んでだ。
こうしたノンフィクションは往々にして著者の主観に左右される
場合があり、この本についても内縁の妻寄りの内容となっている。

かつて友人に”女子高生コンクリート詰め殺人事件”について
教えたところ、「本を読んだけど、あなたが言うように恐ろしい
事件だとは思わなかった」という意見が数日後に返ってきた。
わたしはこの事件の事を思い出すと嘔吐するほど気分が悪くなる
事がままあるため、友人の言葉には憤りを感じたものだが、
前述したように多くの人はその書き手の意図する方へ流れてしまう
ものだから、仕方がないと言えるだろう(本の題名は聞いていないが、
どうやら加害者少年たちの心の闇をテーマにした本だったらしい)。

北九州の事件についても知人男性を皮切りに自らの父と母、
妹とその夫、甥と姪を次々と手に掛けていった女性を擁護する
内容であるから(また著者自身がこの女性と文通など実際の
交流を始めたという事もあり)、読み手としてもこの女性に
対しては同情の方が勝っていく。
けれどもあとがきで実際に著者がこの女性と交流しての会話や
描写について、奇妙な気持ち(素直に言えば怒り)が沸き起こって
いたのを、吐露する。

この北九州の事件、そして女子高生コンクリート詰め殺人もそうだが、
共通するのは(被害者の声は絶対に聞けない)という事である。
昨日までの平穏な生活が一変。理不尽な監禁と虐待の末に殺されて
いった人たちの心の断末魔は、如何なるものだったか。
死者の叫びが届いてくるかどうかで、こうした事件に対する想いは
まるで違ったものになる。



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2011年07月31日

五十歩百歩

もうすぐ半年になろうとしているのに、一向に進展している
様子が見えない。
「東日本大震災」の復旧、復興についてだ。
もちろんそれには、原発の事も含まれる。

ところが近頃の日本のメディアときたら、中国の新幹線衝突事故
ばかりを取り上げている。
それは事故そのものではなく、中国政府の対応ぶりについて。
いつものように揶揄をしながら、いかに中国が遅れた野蛮な国か
を喧伝する。

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日本に話を戻そう。
菅首相の退陣とともに、自民党から民主党への政権交代は事実上
失敗だった、という雰囲気になっている。
それ自体には異論はないのだが、では自民党が政権与党だとしたら
素晴らしく迅速かつ適切な処理をしていただろうか?

恐らくは民主党よりもうまく
はやれたに違いない。
けれどもそれは”見た目上”という注釈がつく。

最後に再び、中国の事を考えよう。
事故車両を埋めたり遺族への賠償金をすぐさま支払ったり(日本の震災対応
と比してこの行為は、例えどういう意図にしろやるべき重要な事をさっさと
やった、と評価しているのだが)、文化の違いを差し引いてもあまりにも
露骨でダイナミックすぎる。
けれどもその姿は一国の政治を手探り状態で任され拙さを出してしまった
民主党の姿とダブる。

そして震災復興と原発対応を様々な別の話題にすり替え、さらには
いくつかの思惑で原発の必要性や電力不足の恐怖を煽りながら意図
する方向に導こうとする日本とは、やはり自民党的な文化が根付いた
国に思う。
もっとストレートに言えば、ごく一部の人間たちの思惑でハタから
見ると対して上手くもない先導の仕方で純朴(褒め言葉ではない)
な大衆を扇動する事だけに長けた国。それが日本だと思うのだ。
posted by ryuga at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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