2013年03月25日

少年の歌と、光の向こうに行った少女の歌

前回のエントリーを書いた後、
”なぜ少女は美しく幻想的なのに、少年はそうではないのだろう?”
と考えた。

ところがある曲を思い出し、少年も美しいものではないかと
気がついた。山下達郎の『硝子の少年』という曲だ。
言うまでも無くKinKi Kidsのデビュー曲であり、彼らが
あの頃にこれを歌うのを聞いた時は衝撃を受けたものだ。
山下達郎がこれをセルフカバーしていると知ったのは昨年
の事だ。

また山下達郎は『プラスティック・ラブ』という曲も
カバーしている事を、昨年知った。こちらは竹内まりや
の曲で、華やかに振舞いながら無機質な日常をおくる
大人の女の歌だ。
まだ日本がぐんぐん成長していた時代の曲だから今は
いくらか様相が変わったのかもしれないが、少女たち
の光の先にある風景のひとつがこれだ。

昨年、山下達郎のベストアルバムが出たのだが、
買おうかどうか散々迷ったものの見送る事にした。
山下達郎の好きだった曲はある程度持っていると
いうのも理由だったが、初回限定版には『硝子の少年』
が入っているという事だった。もし『プラスティック・ラブ』
も入っていたら、迷わずに買っていただろう。

posted by ryuga at 20:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月24日

光に消えていく少女たち

某日某所で、武井裕之さんという方の写真展を見た。
テーマは「はつ恋」。
十代の少女たちの一瞬をモノクロの印画紙に写しとった
いくつかの風景。写真の中の少女たちはどれも一人で、
ただ光だけが寄り添っていた。

階段の踊り場のような場所に佇む少女。
身体の何か所かから放たれる光の粒。
浅瀬に膝までつかった少女。水面に落ちる輝きは、
彼女が呼びこんだものか。

わたしが一番気に入ったのは、歩いていく姿を後ろから
捉えた写真。少女の前には明るい光があって、彼女の身体
の何割かがその光によって消えようとしていた。

これらの展示に魅かれる理由はこれなのだな、と思った。
少女たちはやがて消えていく。時間という魔術がこの世界
を支配する限り、それは避けられない。少女たちはそして、
現実という生き物が無数に棲む世界で呼吸をする事になる。
それを知りそこにどっぷり使ってしまったわたしたちにとっては、
それは闇にのまれようとする後ろ姿と見るのが正しいのかもしれない。
けれども少女たちは光に向かって進んで行く。輝きと一体になっていく。
歩いて行く先の時間の中にいるはずのわたしが、どうして少女が光に
包まれていくという幻のような写真に魅入ってしまうのか。そんな
どうしようもない理屈を外れた美しさを、きっとわたしは見たかった
のだろう。

武井裕之さんのWebサイト

はつ恋(オンライン上のギャラリー)

ちなみにわたしが最も気に入った作品は壁掛けの展示にはありませんでした(ギャラリーに
あった作品集の中で見たものです。オンライン上のギャラリーにも掲載はありません)。
また違う雰囲気で気に入った写真もオンライン上にはありません。またどこかで見たい
と思っています。
展示にあった作品、無かった作品。どの作品も様々な雰囲気があって、魅力的です。
posted by ryuga at 20:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月20日

アベノミクス・バブル

バブル-----などと知らない世代も多い事だろう。
わたしは一応その時代に物心をついているが、まだ自分で稼いで
いた訳ではないので実感は無い。親に聞くとやはり特に印象は
無いが、「(わたしを学校に行かせる事ができたのだから)
景気が良かったという事だろう」と話していた。

バブルとは実態の無いものだと語られるが、それ以上に
実態が見えないのがアベノミクス、つまり現在だ。
騒いでいるのは「バブルは悪だ」と二十年ほど前から
一斉に騒ぎ始めたメディアだけである。これを見ると
メディアがなぜ存在価値があるかがよくわかる。
それが誰にとっての価値なのかを考えると、上手く生きる
にはどうすれば良いかが見えるだろう。
posted by ryuga at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月31日

企み

美輪明宏の「ヨイトマケの唄」が2012年の紅白歌合戦で歌われた。

この歌の存在は放送禁止歌の本で見ていたのだが、そういった規制
の類の多くがくだらい理由であったり盲目的な追従であったりと、
言って見れば実に日本的な思考回路の産物なのだ。

その禁を破り「ヨイトマケの唄」が国民的な番組で歌われた
わけだが、それはそれで喜ぶべき事として邪推もせずには
いられない。
(最近のNHKの朝の連続ドラマは、”昭和初期の苦しい時代をそれでも
明るく生きる庶民”を題材にしているが、それが一般の日本人を
どこに誘導しようとしているのか)

といったコラムを以前読んだ記憶があるが(もっともその後のドラマ
は現代劇なのだが)、メディアという”洗脳装置”がただ素直に
禁を破るのだろうかというのが、わたしの邪推の正体だ。
posted by ryuga at 23:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月24日

日本は操られるクニである

平日の休暇となりこの時間に家に居ると、世の中は
何と犯罪や問題事が多く、現代は異常気象であり未来には
希望が無いのだと憂鬱な気分になる。
その原因はつまりはテレビであって、少なくとも数十年前
は子どもの時間だったはずがすっかりワイドショー化して
しまっている。

先日の衆議院選挙もそうだが、予測や世論調査といった風体で
メディアの誘導通りの結果が出た感がある。メディアというのは
個人ではなくいろんな思惑の集合体であるから、そこですべてが
統一して遂行されたというわけでもなく、つまり中には「右に倣え」
が多分にあった事は推察できよう。

ネット世論だ何だと言っているが、今でも大きな影響力は既存
メディア、とりわけテレビだというのを痛感する。その意図の
根っこはどんなものかを知りたいと思うのだが、それは極めて
ろくでもないものだろう。
posted by ryuga at 18:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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